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第5回講演会 子どもが育つみちすじ

そして、自分の胸に近づけて、そうすると心臓の鼓動が赤ちゃん聞こえて、そして肌の温もりがあって臭いがあって、どうかしてなめたら味があってね、「あーここへいたら大丈夫」って赤ちゃん思うでしょうね。
これです。このことが、基本的信頼感です。
ああ自分は守られているんだという安らぎです。で、そうでない時には、赤ちゃんは一日のうちにもちろん、8対2とか9対1とか7対3で不信感も経験しますよ。
どんな赤ちゃんでも鬼のようにねもう悪魔のように泣き叫ぶでしょう。泣き叫ぶ時の赤ちゃんっていうのは、もう本当に究極の不信感に満ち満ちてる訳です。怒りたくってます。誰も助けてくれないそれはもう死の恐怖ですからね、赤ん坊にしてみれば、動けないんですから。
首もすわってない赤ちゃん、寝返りもうてない赤ちゃん、他の動物よりもうんと自活力の乏しい赤ちゃん、しかし、感覚は鋭いですけどね。運動機能は非常に低 いですから、その赤ちゃんにしてみるとのどが渇いて、あるいはお腹がすいて、どこかが痛くなってそれを解決する力はゼロとすると、それは死の恐怖ですよ。
もう砂漠で取り残されるようなのどの渇きを経験したら、もう叫んで叫んで助けてって叫ぶしかないでしょうね。その時に不信感を経験する。どんな立派なお母さんでも保育士さんでも、赤ちゃんは不信感を経験する。大事なことです。これも大事な経験です。
一生を生きていく間に不信感を経験しない人は一人もいませんから。
しかし不信な思いをしても、のどの渇きの恐怖の中でお母さんやまわりの人が、お白湯を飲ましてくれて、体にずーっと乾きを癒すものが入ってくる、「ああなんて気持ちがいい」「なんてありがたいことか」と子どもは思うことでしょう。
そして、スヤスヤスヤスヤ眠りにおち入っていく、「ああ よかった」っていう基本的信頼感ですね。これの行き交いです。
幼児期はね基本的信頼感があって、不信感を経験し、こう行き交いしてんですね。一日に何度も何度も。2,3時間前は信頼感ですが、もう、2,3時間経った らお腹がすいてきてね、もう飢餓状態ですから、また、怒りたくって布団から何からはね飛ばして、ガッガガッガ足を振ってもう本当に、それこそものが言えた らもう罵詈雑言(ばりぞうごん)でしょうね。「誰も私を助けてくれないの、なんてまあ意地悪な人たち」って怒ってるんでしょうね。
で、この世に誰も助けてくれないと思う怖さに赤ん坊は打ちひしがれ怖がって、恐怖でおののいています。そこへお母さんのおっぱいがくる。どーんなに嬉しいか。
で、それが体の隅々、細胞の隅々までみずみずしく行き渡る時に「ああ、よかった、やっぱり来てくれたんだ」って思いますね。思うだけじゃなくて、この不信 感の経験が信頼感を引き立てますね。ぬるま湯のようにいつもなんとなくあって、なんとなくないっていうんじゃないんですよ。
ものすごいはっきりと苦しみがある。そして、その不安や苦しみ欲求不満が非常なやすらぎにたどり着くときに、これはもう体の隅々まで「ああ 生きてきて良 かった」生きていることが嬉しい、助けられている守られている包まれている、私は見捨てられることがないんだ、という思い。
そしてまた次は「ワー」っと泣く、また思う。
この経験がとても大事であって、そして更に、じゃあ両方経験するのいいんですが、ひとつ駄目なことは、こういう書き方をしていいかどうか不等合っていうの がありますね、5は3より大きいとかね、10は2より大きいとか、不等合っていう言い方で言わしていただきますと、信頼感の方が不信感よりも大きいという 一年間を暮らさせてあげて下さい。

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