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第5回講演会 子どもが育つみちすじ

そして、打ちひしがれる中で何とか生きてみようと思う。それは赤ん坊の時に、これだけじゃないんですが、ここで一番獲得できるといってるんですが、何度も 何度も基本的な本当に生きるか死ぬかというぐらいベイシックなその経験の中で、子どもは人格的な活力として、この希望という力を獲得するんだろうと考えま す。
反対があのあれですね、虐待を受ける子どもたち、0歳の虐待、乳児の虐待というのがありますね。これぐらい悲しいことはありません。一番信頼を置くべき親 に愛されないどころか、本当に恐怖の経験をさせられるとしますと、子どもはこの世界に何の光も見いだせなくなります。人というものを信頼できなくなりま す。不信に黒々と心を塗りつぶされますね、で、そうなりますとね、生きていく時に人を愛したり信頼することが大変難しくなります。
基本的信頼感が危うい訳です。しかもね、人に対する信頼感が危ういよりももっと重要なのは、自分に対する信頼感、赤ちゃんでね他人に愛されることで、他人を愛する力ができるっていうのはよく言われます。
愛された子どもが人を愛することができる、そうですね。皆さんも人に愛されて、本当にいい人間関係をもつことによって、自分の中にエネルギーがしっかりと湧いてくる。

いじめる子、犯罪を犯した子が沢山いる訳ですが、この子たちの中には、そういう心の中に基本的信頼感を培うことを失敗している子どもたちがいます。その子 に出会うと本当に人に対する愛のかけらも育てられない悲しみがあります。それでも、その子たちが本当にこの世に、やさしく本当の思いやりのある人に出会う と、心が少し変わります。そして「あー、人は信頼できるかもしれない」と思って、少しずつ人を信頼することを覚えていきます。
ところが、治療で一番手間どうのは、人を信頼させることよりも、自分を信頼する力、こちらの方が治療がむずかしいです。
つまりね、人に愛されているあの赤ちゃんたち、みなさんが抱っこして、もう落とさないようにって思って一生懸命抱っこしますね、お父さんもそうですね、お 父さんも同じですよ、お母さんもそうです。お風呂に入れて、最初は危なげな手つきですね、耳にはじゃぶじゃぶ水が入りそうで、お湯が入りそうで、あーこれ は危ないなって思ってたりします。ごつごつした手つきでね。
でも、いつの間にかお父さんもやさしい、やさしい手つきで、子どもを傷つけないように傷つけないようにって、こう愛撫するようにお風呂に入れたり、おむつ を替えたりなさいますね。それはもう子どもへの思いが、自然に子どもにやさしくいとおしさを増していく、素敵な母なる心、同じ心が育つわけですが、そうい う風に育てられた子どもたちは、何を感ずるか、人を信頼することと、それよりもっと大きいこと。“私は私に値打ちがあると思う”だってこんなに大事にされ るんですよ。大事にされている自分、そこに自分は愛される値打ちがあると、無意識のうちに知るんです。
これがだめになる虐待を受けた子どもたち、人を憎んだりするよりもっと奥行きの深い悲しみです。で、彼らは、だから攻撃的で、人を人とも思わぬ、もうなんという人たちかと、たぶんこの世の人たちは糾弾することだろうと思います。
ところが、その子どもたちが最後にポツンとつぶやくのは、「自分なんか生まれて来なければよかった」もし、自分が他人であれば、まず、この世から第一に抹消するのは自分自身である。
こんな人間なんか、生きるべきではない。生かすべきではないと言う。驚くほど恐るべき自己破壊への願望です。自分にかけらの値打ちも見いだせなくなるんです。愛されないということは・・・。
こちらの方が、治療は深刻です。人を愛することは、まだ可能ですけどね。自分を愛するということは、なんとむずかしいことかと思います。

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