第5回講演会 子どもが育つみちすじ
そして、最後に母港ということで、私がいつも思いますが、やはり幼少期に関われるみなさん方、こんなに素晴らしい仕事はないと私は思います。私も思春期屋で非常に幸せです。
人生の非常に早期ですね、初々しい時間ですね、こういう花でも本当に育っていく早い時間にみなさん遭遇なさる、先生方あるいは親御さんもそうですね。
で、そのういうい時間に子どもたちはたっぷり吸い込みますから、その吸い込んでいくものをたよりにいつの日か生きていく、いつの日か母港を離れていく。親と子も、先生と生徒も別れが完成ですよね。考えてみれば、別れることをもって完成するんです。
子どもがいつまでも自分の足元にいてスカート握っておられては困る訳です。子どもとの別れが親の完成です。親としての仕事の成就です。別れていける子ど も、つまり、木がだんだんつぼみから花から実になる、で、本当に実が熟しきった時に本当に一番美しい形で木を離れていきます。
それが一番最後の完成品ですね。
子どもたちが自分のもとを巣立っていく、別れていく、そして木はもとの木に戻る。みなさん方またもとの木に戻られる。でも、かつて一度実を成らした木とそ うでない木と、それぞれ子どもをもったからもたないから関係ありませんが、実の子でなくても作品もこういう花を育てても自分の子どもです。その子どもを生 殖して生み出して育てていった人は木は豊かになります。
外から見たら何の変哲もない木でも、私たちのように老いを迎えてきた時に、外から見ては分からない内側にたくさんの思い出を持っている。どんなに豊かな木かと思います。
もとの木に戻るということは、決して寂しいことではありません。子どもをもっているから大人になった子どもともう一度出会えます。
私も30代の娘たちが、何も立派だとは言ってる訳ではありません。彼女たちがそれぞれに自立と共存しながら、ギリギリのところで何とか生きていること。そ れが私の沸々と湧いてくる喜びです。良かったなぁー。出会えて良かったし、そして今また、大人同士の付き合いをしていきたいと思っています。
母港のイメージは皆さんがお作りになられます。
この間これもよく話しますが、私の患者さんのお一人で、ご自分のお子さんが三人いらっしゃる、三人とも非行児で、お母さんは本当に苦しまれて、しかし、子 どもを見捨てないで頑張って、見事なお母さん、学校の先生をされて、猛反対を押し切って結婚して離婚をされて子どもを三人育て、しかも三人がうまくいかな い。
うまくいかなくっても絶対見捨てないで、肝っ玉母さんのようにね。いつも元気で頑張ってるお母さんが、先日、もうちょっと前ですが泣かれました。癌になり まして、そして癌で泣いたんじゃないんです。もう不幸の問屋さんみたいですが、彼女は頑張る人でしたが、彼女が「自分の母港がない」って泣きました。
で、それは故郷のお母さんとお父さんに電話で、自分が癌にかかったということを伝えた時に、親御さんが「そうか」って聞いただけで、「帰っておいで」って 言わなかった。そして彼女は帰ろうと思っていない、自分は自分の人生を自分で最後までやり遂げるつもりでいるが、でも一言ね、帰っておいでって言ってほし かった、という言葉を50歳になった彼女が、あの力強い彼女がそう言って泣くのを聞きながら、幾つになっても母港は大切なんだなぁとしみじみ思います。
で、みなさんが母港になります。親は子どもの、保育園の先生もきっと保育園で育ったことを母港のイメージとしてます。
