第5回講演会 子どもが育つみちすじ
つまり大人なってずっとずっとこの幼少期の時間が、遠ざかった島影のようにね、船出をしたものにしてみれば。私にしてもそうですが、幼きころはもう遠い遠 い向こうの、かすんで見えないほど遠い島影のように遠いんですが、でもね、自分の中にそこから自分は生きてきた、いつでもあそこに帰ることができると思う と、亡くなった母に、母は亡くなりましたが、いつでも母がいればどう言ってくれるかと思う時に心が癒されます。
そういう意味で、母港の役割が幼き日々に関わる人々にとっては大きな意味があります。
で、なにも美しいだけの母港でなくて結構です。よく怒ったなぁとか、あの時にお母さんが苦々しいこと言ったなぁとか、いうのも含めてね。その人と共にあった時間、存在した時間、その時間の重さ、充実、そういうことが人を生きる間中支えます。
一番根っこのところで、本当にいいお仕事をお持ちになったと、保育士の皆さん思って下さい。
そして、学校の先生もそう思っていただきたい、子どもたちに出会い、人生のある一時を過ぎっていく、もう二度と出会うことがないかもしれない、でも覚えている子の中にはきちんとそれは残っていきます。素晴らしい職業ですね。
そして、子どもを育てているお母さんたちは、ほんの一時大変ですけどね、確かに“ほんの一時たって長いですわい”ってお母さんは言われますが、確かに長い ですけどね、でもね、赤ちゃんが一番大変でね、だんだん子どもは自立力が増して、最初100%の援助が、手助けというか世話が、だんだん90%、80%、 70%になっていくじゃないですか、ね。
赤ちゃんの時は大変でも、必ず軽く、子どもが力づいていきますよって言ってあげたい。反対だと困りますけどね。だんだんしんどくなるようだったら、こりゃちょっとしんどいですけど。
今一生懸命育ててごらんなさい、それがあなたの人生になる、子どもの人生にもなる、ほんの6年ほんの10年ほんの20年、ほんのって言ったら恐縮ですが、その時間が大事だと思っておくこと。
私は、健康さっていうのは、やっぱりその大事だと思っている、本当に素直にごく健康で平凡で結構です。なにも立派でありたいと思ったって立派でありえない のも知ってますけども、自分が今、沢山の失敗と間違いを子どもたちにしてきて、もうすでに思春期で、どこかノートつけてたんじゃないかと思うくらい、3歳 の時たしかにあなたはね、こんなことしたらこんなこと言った。もうどんなに心が傷ついたか分からないとかね。もう全部ノートにとってあるんですね。
で、彼らにやられました。やられるとこっちも痛いものですから、ワーワー言い返したりして、もう鉈(なた)を振り回すように、フェンシングの剣先をつける ように、お互いやり合いましたが、でもそれも、通り抜けてみますとね、やっぱりあの共に生きたという重さ、これをね味わい薄く薄くね、もう本当に関わりの ほとんどない、あの心が触れ合って共に生きたという実感を持たない親と子であったら寂しいと思います。
この世に親子ほど大きいものはありません。他のいかなる人間関係とも違います。
で、そう思いますとね、大変でしょうけれども元気をお出し下さい、と親御さんに申し上げたい。
そして、しんどい時は、何も自分に力がないなんて微塵も思わなくてもいい。助けがいるんですって叫ぶことです。
